MIKIKO'S BLOG

Rome

051115.jpg9月の終わりから10月にかけてロンドンとローマに行った。


私がロンドンに住んでいた頃、かなりイタリアは廻ったのだが実はローマは初めて。


ローマに住んだことがある人は皆絶賛するのでかなり楽しみにしていた。あれほど古来の遺跡が街中に溶け込み次々と出現してくる街は初めてだったので興奮し気がつけば時間が許す限り殆ど地下鉄は使わず歩いて移動していた。


思い返せば、私が始めてイタリアを訪れたのは丁度11年前。


初めてのヨーロッパでパリ、ミラノ、ベネツィア、フィレンツィエとまわった。
幸運なことにパリではTour de Franceの最終日。そのとき初めて私はこの凄いバイクレースを知った。その後、自分がロンドンに住むことになり、色々なトラブルに巻き込まれ苦しかった時に、親友にプレゼントされたのがこのレースで7回も優勝した偉大なレーサーLANCE ARMSTRONGの自叙伝“It's Not About the Bike : My Journey Back to Life”本当に勇気付けられた。


さて、11年前のその旅は、とても豪華なものだった。といっても同行した友人のお陰なのだが。移動はその友人の昔からの友人であるイタリア人所有の自家用ジェット。そして、泊まったゴージャスなホテルはそのお方の計らいでお得に泊まれすべての部屋には花とシャンパンが届けられた。さらにフィレンツィエではその方の友人でもあるプロギター奏者の人をホテルに呼んでくれ楽しい晩餐と美しい音色を堪能した。これもすべて私の友人のお陰。彼女にはその後、今度は南仏ゴージャスバカンス編でもお世話になる。これはさておき、持つべきものは友達だとしみじみ思った。と、ここまで書くといいのだが・・・


実は他の友人のうちの一人は本人曰く強い霊感の持ち主。そのフィレンツィエの古城ホテルにはいり暖炉のある部屋に通されるや否や「ここでメイドが〜!」とか叫び出し・・・・いきなり泣き出した。その後、各々の部屋に移ったのだが、その友人が私たちの部屋に遊びに来るや否や今度は「ここで私は寝られない」と仰る。私たちの部屋のベッドはなんとも荘厳な濃赤とゴールドの装飾で覆われた天蓋つきのベッド。見ようによってはこの赤が違う色にも見えてくる・・・ここで寝る私の気持ちも少しは慮って欲しかった。更に、夜中に彼女は叫び続け駆けつけてみれば彼女の体は汗でびっしょり。なんと、兵士が襲ってきたそうで・・・私も全く一睡もできなかった。


最後に飛行機に乗る前まで「ついてきちゃだめ」と何回もつぶやく。私は食卓塩を握り締め(役に立つかわからなかったが塩しかそのときは思いつかなかった)震えながら座席についた。飛行機のパイロットは元アリタリア航空で機長までつとめた方だそうだが、なぜか曲乗りがお好き。更になぜか、私たちにその技術を見せたがる。他で見せて欲しいと思う私の傍らで彼女は「お願い・・・もう行って・・・」と呟き続けている。そして搭乗20分後、やっと「去ってくれた」との一言が彼女の口から発せられ、機内は拍手喝采。それまでの私といえば生きた心地がしなかったのはいうまでもない。


持つべきものは友であるが友の能力も様々である。その後、私はどんなことがあっても古城ホテルには泊まらない。